“見上げる瞳”  『抱きしめたくなる10のお題』より


パンジーやプリムラ、スィートピーにフリージア。
温室栽培のもあるそうですが、
それでも“春が来たよ”と まずはの先触れしてくれる花。
スターチスにチューリップ、水仙に沈丁花。
樹に咲く花なら辛夷に梅に、モクレン、桃、それから桜。

 「桜が散ったら、ツツジが咲いて。」

それから、そうそうユキヤナギも馬酔木も咲くんですよねと。
小柄な連れは、まるで歌うようにたくさんの花の名前を列挙する。
まだまだ木陰を作るには若葉の乏しい梢の下、
随分と濃くなった陽光に照らされた幼い造作のお顔は、
それは楽しそうに微笑っており。
そんな彼から見上げられている進にしてみれば、
彼そのものが春の象徴のようで。
そうは見えないかもしれないが、
胸の底を温められての、たいそう穏やかな心持ちとなっている。
桜が散ったらと彼は言ったが、
今年は何だか妙な春だったためか、
桜は早咲きだった割に、ツツジはまださほどには見受けられずで。
歩道を分ける縁石に沿うようにと植えられた茂みにも、
葉ばかり青々と茂っての、まだ蕾はちらほらというところか。

 …と、

まだ花も咲かぬうちからそれがツツジと分かるほどには、
セナの好きなものとして把握の積まれたあれこれへ、

 『……恋愛の力って、やっぱ偉大だよね。』

誰がどんな手管で言い聞かそうと、どんな手順で指導しようと、
何代か前の卒業生が植えた記念樹は うっかり手折るわ、
精密電子機械は片っ端からご臨終へ追い込むわ。
自然ともテクノロジーとも折り合い悪すぎの、
最凶クラッシャーでしかない男だったはずだのに。

 『セナくんとの交際が始まった途端に、
  少なくとも自分のケータイは壊さなくなったし。
  誰から教わったそれなやら、
  名前の分かる草花や樹は無闇に触れなくなったんで、
  昇天させなくなったしね。』

それ以前はどんな暴虐魔神だったんだという言われようだが、
少なくとも王城高校の面々には、
この桜庭の感嘆ぶりも十分通じる描写であり、
しかもその上……、

 「サクラって独特な花ですよね。」

一斉に咲いて一斉に散るなんて、劇的すぎて目が離せませんものと、
いかに大好きかを示してのことだろ、
屈託なくも目許たわめてふわりと微笑う、
そんな少年の愛らしい物言いへ。
こちらも口許を小さくほころばせると、

 「同じような咲きようと散りようをする花なら、他にもあるそうだ。」
 「………え?」

歩幅が小さいのでと、時々追い抜いての少しほど先を歩む格好になるセナが、
えっと聞きとがめて立ち止まったのへ。
こちらさんも立ち止まり、
淡若な緑をちらほらとまといつけてる桜を背に、続きを紡ぐ。

 「ハリエンジュという樹の花が、五月の初めから咲き始めるのだが。」

その白い花の散りようが、正に雨のごとしで桜に負けぬとか、
そんな他愛ないお話を付け足してあげたらば。
えー、そうなんですか? 桜みたいに一斉に? と、
大きな瞳をますますのこと、真ん丸く見開くセナであり。

 「凄いなぁ進さんたら、
  アメフトだけじゃなく色んなことにまで詳しいのだもの。」

うわぁ、いいお話を聞いてしまったと。
殊更に頬染め、嬉しそうに口許をほころばせるセナだったが、

 「……。」

何のことはない、
いつだったか居間で母と姉が見ていた旅行番組の中で、
それは綺麗ですよと紹介されていたのを、
覚えていただけのことなのだけれど。
それでもね、今までだったら意識さえ向けなかっただろうこと、
それが、

 『……。』

ああ、こういう風景というと小早川が好みそうだなと。
そんな想起や繋がりで、
関心が起きの、記憶に留め置きのするようになっただなんて。
こうまで大きな進歩はないと、
彼の人となりをよくよく知っている人ほど、
何てまあ大きな変わりようかと、驚いたり喜んだりしている春であり。

 「五月と言ったらこれからですよね。」

春大会も始まりますけれど、
そんなであちこちの会場に行ったりしたら、
並木とかが無いかなって見回してみますねと。
嬉しい秘密を分けてもらったかのように、
陽だまりに立ち止まり、
甘い笑顔のまんまでこちらを見上げて来たセナだったのへ、

 「………………。/////////」

ああどうしよう。
ハリエンジュなんてどうでもいいが、
こんなにも愛らしいお顔をしてくれるのなら…と。
それじゃあと別れての帰った早々にも、
書架を引っ繰り返す勢いでもっと調べていたりして。


  大丈夫なんでしょうか、今期の王城ホワイトナイツ。




  〜どさくさ・どっとはらい〜 10.04.18.


  *何か変なお話になっちゃいましたな。
   アドニスの方のお兄様は、お家が茶道の大家なので、
   茶事のたびに床の間に活けて来た関係から、
   もっともっと、セナくん以上に花の名前に詳しいです。

   ちなみに、背景に飾りましたは馬酔木です、すいません。
   ハリエンジュが探せませんでした。
   ハリエンジュというのは、
   マメ科の落葉高木で、
   小判型の小さな葉や房状になって咲く白い花が特徴的なのですが、
   アカシアに似ているため、またの名を“ニセアカシア”ともいう。
   札幌に並木があることでも有名で、
   歌謡曲の『アカシアの雨』に出て来るのはこっちの花のことだとか。
   というのが、アカシアは寒冷地には育たぬため、
   日本ではどっちかといや繁殖率はこちらの方が高く。
   そんなせいか最近では、
   こっちをこそ“アカシア”と呼ぶようになりつつあるそうな。
   (蜂蜜の“アカシア”もこちらの蜜を指します。)
   かく言う、もーりんが大阪で住んでた地域には、
   これがあちこちへ たんと植えられていて。
   GW辺りの頃合いには、
   白い花が雨のごとくにサーッと散って壮観でした。
   花が大きいせいか桜ほど長くはかからなくて、
   1日かそこらで散り切ってしまうので、見逃すと悔しかったなぁ。
   葉っぱもそんな感じで散らなかったかなぁ?


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